『神谷美恵子の「生きがい」と人生の意味 ―ポジティブ心理学の観点から―』
「生きがい(ikigai)」という言葉は、いまや世界でも広く知られるようになりました。海外の本屋でも「IKIGAI」というタイトルの本をよく見かけます。しかし、その原点である神谷美恵子の『生きがいについて』(1966)を読み解くと、意外な事実が見えてきます。
彼女の考えた「生きがい」は、実は“日本特有”の考え方ではなかったのです。
■ 神谷美恵子の「生きがい」とは
神谷はハンセン病療養所で患者たちと向き合い、「生きがい」とは極限状況でも人が生きる意味を見出す力だと考えました。それは「人生の意味(meaning in life)」そのものです。
彼女はフランス語の raison d’être(存在理由) を意識しており、「生きがい」はそれを日本語に置き換えた表現に近いものでした。
生きがいとは「喜び」「成長」「未来への希望」「他者とのつながり」「自己実現」「自由」「意味」など、7つの心理的欲求から成り立つと神谷は述べています。
■ 日本的な“特別さ”は、実は後からつけられた
神谷自身は「生きがい」を日本文化の特殊な感性から生まれたとは考えていませんでした。彼女が引用した研究の多くは欧米の心理学や哲学に基づいており、特にヴィクトール・フランクルの「人生の意味」と深く共通しています。
しかし、後年になると「生きがい=日本独自の概念」として紹介されることが増え、国際的にも“日本の秘密”として取り上げられるようになりました。
その結果、神谷の本来の意図──「誰にとっても普遍的な生きる意味」──が見落とされがちになっているのです。
■ 生きがい研究のいま
現在では「生きがい」は幸福感や健康長寿とも関係する重要な心理要因として、多くの研究で取り上げられています。
たとえば東北大学の研究では、「生きがいがある」と答えた人は、ない人に比べて死亡リスクが約1.5倍低いという結果が報告されています。
つまり、「生きがいを持つこと」は、こころの健康だけでなく、身体の健康にもつながるのです。
■ 困難な中で「意味」を見出す力
神谷が示したもう一つの重要な視点は、「困難の中でこそ新しい生きがいが生まれる」ということ。
失敗、喪失、病気──それらを通じて、人は再び自分の人生に意味を見出せる。
この考え方は、現代のポジティブ心理学で言う「レジリエンス(回復力)」や「トラウマ後の成長」にも通じます。
■ いま私たちが受け継ぐべきこと
「生きがい」は、誰にでも見つけられる“特別な日常”の力です。
神谷がそうであったように、他者を思い、何かのために行動し、自分の存在に意味を見出す──その姿勢こそが、彼女が伝えたかった“生きる力”なのかもしれません。
そして、それは文化を超えて、すべての人が共通して持つ希望なのです。
参考文献:
島井哲志・浦田悠(2025)『神谷美恵子の「生きがい」と人生の意味 ―ポジティブ心理学の観点から―』宗教/スピリチュアリティ心理学研究, 3(1), 1–15.
